ポニテと洗濯

航海日誌

北京留学五日目

8月28日 21時5分

 

 単刀直入に言うと、退屈な一日だった。早口の中国人が9時には来る予定だったが、いろいろと予定が狂って、最終的には12時過ぎにやってきた。昼食をとって、ごろごろして、夕食をとって、ごろごろして、寝ようとしている。それだけの一日だった。

 暇を持て余して、しかしインターネットも存在しないこの場所で、できることと言えば羽田空港で買った件の本を読むことと、こうやってWordソフトと仲良くすることだけだ。空港で買った短篇集は、ちょっとずつ読もうと大事にしていたものだが、当然すべて読み切った。一冊の本のなかで、何人もの人間が死に、何人もの人間が恋愛し、何人もの人間が暮らしていた。たぶん、これから一年間、場合によって読みたい部分を読んでいくんだろう。

 なにも無かった一日であったことを書き留めることとする。何もなかった、完!というわけでもないのだ。いや、とりたてて何かがあったわけでもないんだけど。

 早口の中国人の、早口のおしゃべりを聞いていた。家を買う事について、外国語を勉強することについて、気の狂った中国人のことについて、大声の中国人のことについて。今日は風が気持ちいい。昼食の時に、耳のとても遠い中国人が言った。「秋風が吹き始めてるね」。表の通りで臭豆腐売りが通り過ぎた。さわやかな風がすさまじいにおいになった。耳のとても遠い中国人が、ゆっくり立ち上がって窓を閉めた。ピアノが弾きたいなと思った。

 そういえば、独り言が中国語になった。べつに全部というわけでもないが、時折中国語が混じる。ついでに、漢字の日本語読みをどうにも思い出せないことが増えた。台湾に留学していた友人も同じようなことを言っていたのを思い出す。結局思い出せていないのだけど、「包」の「つつむ」じゃないほう、音読みだっけ、の読み方。バオじゃなくてなんだっけ。あっ、今、今ナウ現在まさに思い出した。ポウだ。あれ?なんか他にもなかったっけ。ホウ?ボウ?もうだめだ。日本語が下手になるのも時間の問題だろう。

 べつに深刻に寂しいわけでもないけど、なんとなく夜空を見上げて、狭すぎる都会の空に輝くひとつ星を見た。「空はつながっています!」とかいうトビタテ研修でのアッツいおことばを思い出した。なるほど、昔の詩人の気持ちがわかる気がした。どこかできみがたまたまこの星を同時に見ていたらいいなとか、ちょっとでも思ったりしたので。